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2012年6月26日 (火)

農業のあいまいさ

農業は、毎年異なる環境で植物と向き合うことを要求される厳しい仕事だ。

一方で、植物という生き物が製品(収穫物)を生み出すため、人間側の勝手な対応が許されるという甘い部分もある。
人が良かれといらないものをあれやこれや与えても、やるべきことを怠っても許容内なら植物がその環境に合わせてくれ、それなりの収量を確保できる。

多くの人間は新しいことにわくわくするので、新しい品種、新しい肥料、新しい資材にすぐに触手が伸びる。

効果についての根拠は追求せず、口コミだけで使用する。そんな不思議で理解しにくい行為が行なわれる。

モノづくりの他産業ではありえないはなし。
そんなことをすれば製品の質の安定性に欠けるからだ。
有効性の根拠も不明確なものを使えるほどあいまいではない。


人はちょっとした違いを見いだせる非常に精度の高いセンサーを備えているらしい。
差がほとんどなくても、しっかりとその差を認識できるのだ。

何か新しいものを施用し、植物が変化を見せればすぐに感じてしまう。それが自ら与えたものならば、きっといいはず!という先入観があるので、さらに違いは際立って見える。


そもそも植物は生き物だから、何かをやれば何かしらの反応をしめすのは当たり前だ。

本来の有効性は自己満足ではなく、産業的に意味があるかどうかで評価されなければならない。
経営的なものさしで判断すべきだ。

生産現場に数多くのあやしい資材が出回っている現状は、植物のふところの深さに甘えた使う側の選択基準のあいまいさも要因の一つだろう。

あいまいに選択し、使用するから、作る側、売る側もあいまいなものを作り、売る。


そろそろ使う側もシビアな選択でほんとの産業を目指さなければ…


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